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山田詠美『つみびと』

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山田詠美氏の最新作『つみびと』を読みました。
2010年に大阪で起こった二児置き去り死事件がモチーフになっている作品です。

この大阪二児置き去り死事件は、なぜか他の虐待事件よりも気になって、いつまでも心から離れなかった事件でした。

あの当時、テレビや雑誌を見ると、誰もがあの若い母親のことを糾弾していました。
「鬼母!」「育てられないなら産むな!」「おまえも子どもたちと同じ目に遭って死ね!」

命を落とした二人の幼い子どもが気の毒極まりなくて、母親に対して怒りしかない!と激しく罵倒していた皆の感情はもちろん理解したものの、私はそういうこととは違うところが気になって仕方がなかった。
それは、彼女はどんな目に遭ってきたんだろう・・・、どうしてそんなことになってしまったんだろう・・・ということでした。

テレビで逮捕された彼女の画像を見た時、直感ですが「この人、がんばりすぎて限界だったんだ」「体の中から抜けてしまっていることも多い気がする」と思った、ということもありましたが、
私には、彼女が “へらへらと” “子どものことなど忘れて男と遊び歩いていた” わけではないんじゃないか・・・と思われ、とにかく、知りたい、理解したい、と思いました。

その「なぜなんだろう」への答えになるものは、杉山春氏の著書『ルポ 虐待 -大阪二児置き去り死事件』(発行 2013年)の中にもありました。

それを読んだとき、ああ想像したとおりだ・・・と思いました。
彼女も、その母親も、育児放棄や性的な虐待や貧困・・・自分という存在を大切に扱い育ててくれる大人や安全な居場所がないなか、生き延びて来た人であったのですが、そのレベルが酷過ぎた。
事件を起こした彼女は、子どもの頃から辛すぎて、いわゆる乖離を起こして辛い現実から自分を守っていたところもあったようでした。

「それじゃあ無理だよね・・・」とつぶやいてしまいました。

事件から9年経つ今年 出版された『つみびと』は、その事件をモチーフにした小説・・・ “創作” であるわけですが、著者の山田詠美氏は、何かのインタビューの中で、やはり事件当時から気になって気になって仕方なかった、ということや、みんな理解できないんだと思い「これは私(小説家)の出番だ」と思って書いた、ということを語っているのを読みました。

山田氏の作品はほとんど読んでいる私ですが、山田詠美ってこんなに、弱いお母さんに、悲しい子どもに、寄り添い光を当てて「生き直し」をさせてあげられる作家だったんだなぁ・・・と驚き、改めて敬意を深めました。

小説では、母親もその母親も子どもたちも、その他の登場人物たちも・・・、ものすごく綿密に繊細に想像して描いたのだなぁと感心しましたが、母親は「鬼母」などでなく、ぎりぎりまで、愛情深い優しいお母さんでした。
一生懸命、良いお母さんでいようとして、独りでがんばっていました。

でも、他人を頼っていいということを知らない、誰かと繋がっていることができない、だから独りでがんばるしかないと思ってぎりぎりまで逃げずにがんばってしまった人でした。

子どもの頃も、母親になってからも、辛いことがある度に唱えていた「がんばるもん、私、がんばるもん」が、すごく哀しかった。

助けてほしい、と言えないくらい深く傷ついている人がいる、ということ、
子どもを育てる能力が足りなくても子どもを産み育てている人がたくさんいる、ということ、
今もたくさんの親が子どもを育てることを難しく感じて苦しんでいる、ということ・・・

読み終えて、そのことをしみじみと想いました。

閉ざされた家の中での「虐待の連鎖」の問題は、本当に難しい。
でも、虐待の事件には「ありえない!」「許せない!」と、非難や憎悪を向けて終わる人も多いと思うけれど、優しい想像力を使って考えることができる人が増えたら・・・
家庭のことは家庭の中で解決しろ、とか、子どもは母親が責任もって育てるべき、とか、そういうんじゃなくて、子どもはみんなで育てたらいいんだよ、何でも言ってみて?助けるよ?と、そういう人たちが作り出す空気のある世の中になっていったら・・・
そしてそれによって、途方に暮れてしまっている若いお母さんが 癒されたり救われたり希望を繋ぐことができたり・・・ってことになっていったらよいのだけれど・・・

小説のタイトルは「つみびと」・・・SINNERS。つみびとたち。複数形。
つみびとは、母親ひとりだけじゃ、ないはずです。

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