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相手が悪い、環境のせいだ、と考えるのをやめる

人との不本意な関係や、納得できていない環境を、自分から変えようとしない人がいます。
そういう人は、「選択の自由」や「行動に伴う責任」は全て自分にある、気に入らない状況は変えることができる、ということが理解できていません。
いつも不平不満を言っています、自分で決められず彷徨います、悩みが解けず苦しみます、犠牲になります、”被害者” です。

でも、どうして憂鬱なつきあいや自分に合っていない環境から、離れればよいのにそうせず、そこに身を置き続けてしまうんでしょう・・・。
それは、自分には状況を変える力がない、と思って諦めている・・・というのが表面的な理由かもしれませんが、
じつはその嫌な人間関係や気に入らない環境を続ける憂鬱さや辛さに耐えていれば得られる(それ無しには生きていけない、と思い込んでいる)・・・そういうものがあるのです。
たとえば「嫌われずに済むこと」「凄い、と評価されること」「良い人だと思われること」「仲間だと思ってもらうこと」など。

つまり、「他人の好意や承認や評価に依存して生きている」のです。
そういう人は、他者から好かれたい、褒められたい、”(誰でもいいから)誰かと” 繋がっていたい、という欲求(ほとんど悲痛な欲求!)を持っていて、それを満たすのが最優先、というか、それが行動の動機の全てです。
本当の自分の気持ちに依る、ということを放棄して、他者の都合や他者の要求に応え続けることに大切な時間を使い、そういう人生を生きていく・・・、そうするしかないと思っている・・・。

でも、ほんとは違います。
何事も、自分の気持ちで、自分の意思で、選択するものです。
それができる人のことを「精神的に自立している真の大人」というのだと思います。

「相手が悪い」「環境のせいだ」・・・そう考えがちな人は、(もしその相手や環境が客観的に見て “悪い” “酷い” としても)そう思うのをやめる練習を・・・!
相手が悪くても、相手のせいで自分は・・・と考えるのはやめて、そういう人と縁を持ち、そういう人と縁を切れない自分の心を探る。無理だ、合わない、と思ったら、上手に離れる。
環境のせいだ、と思うなら、その環境を選んだのは自分なのだと認め(・・・というか、その時のその人の学びに相応しい場所に居るものですが・・・)、そこで学んだことを次に生かすと決めて、そこを去る。

自分の人生は自分が決められます、誰でも。
自分で自由に選ぶ、責任も自分が負う。清々しくて楽しいです。
そうじゃなきゃ、人生おもしろくない、そんなのは嫌だ、と私は思います。
あーー「そんなのは嫌だ」か・・・、「♪ わからないまま終わる。そんなのは嫌だ」・・・アンパンマンのマーチが脳内に流れました☆

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