「自分らしく」とか「ありのままの私」とか・・・
そんなこと言われても困る、そういう方は少なくないかと思います。
“自分らしい” のがよい、”ありのままの私” でいられるのがよい。
それはそうでしょうけれど、それが自分にとって どういうことなのか、わからない、と。
子どもの頃、特に強い圧をかけられたわけではなく、歪められることもなく、のびのびと、持って生まれた性質を表現することを援助されて育った人は、当たり前のこととして知っているんですよね、「自分らしさ」も「ありのままの私」も。
考えたこともないかもしれません、当たり前すぎて。
「自分らしさ」や「ありのままの私」が分からないという人は、それどころじゃない子ども時代を過ごしているはずです。
いい子にしていなくちゃ、
こんなことしたら叱られる、
どうやったらお父さんお母さんは褒めてくれるだろう、喜んでくれるだろう
もっともっと頑張らなくちゃ、
まだまだ我慢できる・・・
だいたい、そんなかんじのことばかり考えていたことでしょう。
子どもには、家のほかに居場所なんてない、脱出するわけにはいかない、だから自分を “押し殺して” 生きていたはず。
「自分らしさ」や「ありのままの私」なんて考えたこともない。
でもどうやら、それらが分からないまま幸せにはなれないんだと聞く・・・
諦めないでほしいんですね。
その前に、それっぽいポエムみたいな薄い言葉を取り入れて、分かった気にならないでほしいんです。
知識も必要。地道なお稽古も必要。
私にはその方の良さ、その方らしさが、なぜか分かる(それを得意としています)ので、あなた自身がそれを見つけて育てていくのを手伝えると思います。
郷家のカウンセリング。
ほんとは本格派なのに「まぁこんなかんじでいいか…」って妥協していて、おそらくそのせいで人生にイマイチ納得がいっていない、という方にお勧めします。どうぞいらっしゃってみてください。

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