「そこに愛はあるんか?」と

生まれ育った家(の大人たち)にいろいろと問題があって、子どもが健やかに育っていく環境としては適切なものとは言えなかった、たとえば、無邪気に振る舞うとか、甘えるとか、安心して頼るとか、自分の両親はそういうことをさせてくれる人たちではなかった・・・という、育った家が「機能不全家庭」だった人。

そういう人は「人の役に立つこと」を軸に、生きていこうとしてしまいがちです。
「人の役に立つこと」自体は尊いので、それの何が悪いのか分からない、と言われそうですが、
自分が好きでやっていることが、”結果として” 誰かの役に立っているのと、誰かの役に立っていないなら自分は生きている意味がない、自分には価値がない、という考えのもと強迫的に生きている、というのでは全然違います。

「人の役に立つこと」「人に迷惑を掛けないこと」「誰かに認められ褒められること」ばかりが行動の基準になっていて、それに縛られている自分が苦しかったり虚しかったりする・・・という人は、その思考や行動が、自分が幼少期にサバイバル戦略として身につけたものであり、大人になった今はもう、そんなふうに考えることはないんだ、もう、捨ててしまえばいいんだ、と思ってほしいです。

これ、言うは易し・・・で、なかなか難しいかもしれません。
それでも、せっかく生まれてきて、いろいろ辛かったのに生き延びて、立派な大人になったんです。
ここからは私の好きにする、私は私を幸せにする、そう決めて、あれはどうかな?これでいこうかな?って試行錯誤しながら歩いていくことを、私はお勧めします。

「自分はこれをして嬉しいんだろうか?」「そこに愛はあるのか?」って確認しながらいきましょう。
あ、「そこに愛はあるんか?」は、CMの大地真央さんのセリフですね、でも とっても大事なこと。

自分の行いに「愛」があるのか、ないのか。
それに尽きると私は思っています。