お客さんに、「私は小さい頃、『みにくいアヒルの子』を心の支えにしていたんですよ」という話をしたら、すごく共感されました。
その方も、親御さんからどうしても理解されず愛されたという実感も持てず寂しかったので、「この家では、私だけアヒルじゃなくて白鳥なのかも」「いつか、ほんとのお母さんに会いたい」と思って子ども時代を過ごしていた、とのことでした。
『みにくいアヒルの子』は、なぜか家族の中でポツンと自分だけ「変わった子」「解らない子」と言われていたり、好かれなかった、厄介がられていた・・・という子どもにとっては、ほんと、救いになり支えになるお話なのでしょう。
子どもというのは “辛くてもそこにいるしかない” ですから、生存戦略として、妥協や迎合や演技や嘘を覚えて使うことに長けていくわけですが、その代償の大きさったら・・・です。
ものすごく努力していろいろな能力を身に着けて大人になるんだけど、頑張った割に、幸せじゃない。
これは、自分を見捨てて自分じゃないものになろうとして生きてきたからでしょう。
親から愛されたかったんだよね・・・、それだけだったんだよね・・・と思います。
何ができなくても、あるいは何かしでかしてしまっても、期待に応えられない私でも、ただただ、好きなようにするのがいいよ、それでいいんだよ、大丈夫だよ、すごいねぇ、存在してるだけで尊いよ、いい子だね、可愛いね・・・と、そんなふうに言ってもらえていたら、どれだけ人生はスムーズだっただろう・・・。
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カウンセリングの仕事を始めて たくさんの人の哀しいお話を聴かせてもらうようになり、そしてこの数年、認知症になった母親を近くで見るようになって、思い知ったこと、そして考えたことがあります。
それは、
「ああ、私の親は、母親も父親も、『愛する能力』がなかったんだ」
ということです。
母も父も、何事も怠らず真面目に生きた人たちだと思いますし、彼らなりの愛情を持って育ててくれたことは分かっています。
でも私は、いつも飢えており、いつも淋しく、いつも辛かったんですね。
なぜなんだろう、私の性格のせい? 私は我儘で強欲なのか?と思い悩んだこともありますが、いや、そうじゃないだろう、と。
両親には「愛する能力」がなかった(「愛する」などというレベルにはなかった)のだから愛せないのは当たり前だったんだ、仕方がなかったんだ、と理解し決着がついた、ということです。
「愛する」ってなんだろう・・・と考えると、もちろん「好き」や「恋してる」とは全く違います。「感情」や「気分」の話ではありません。
愛するというのは、相手の成長や幸せを願って、その人がその人らしく生きていこうとするのを支えること・・・だと思うんですね。
リターンなど求めない、その人をただ大切に思っての気遣い、支援であり、「祈り」なのだと思います。
フロムが「愛の本質は、何かのために「働く」こと、「何かを育てること」にある」と言っています。そしてそれは、「成熟した人間」にしかできないことなのだ、と。
私はときどき、そのことが書かれているフロムの代表作『愛するということ』を読み返すのですが、初めて読んだときは、衝撃を受けましたっけ。
それまで消し切れなかった「親に愛されたかった」という未練が、すーっと消えていったのを今でも覚えています。欲しがったって無駄だ、と理解したからです。
「愛する能力を持っていない “幼くて未熟な人” であった両親に、愛してほしいと願ったって、そりゃあ無理だったわけだ」と深く納得し、脱力して、楽になったんですね。
とはいえ、愛されなかった自分はどう生きたらいいんだろう・・・というテーマも、相変わらず心にありました。
今でこそ、手探りでなんとか「私は私でよかったな・・・」と心から思えるところまでは来ましたが、随分と長い間、得も言われぬ “申し訳なさ” や “無価値観” が ひたひた・・・と襲って来て、ああ、まだまだなんだな・・・、もうこれ人生かけて取り組んでいかなくちゃならないなんだな・・・と思わされる、そういうことがありました。
私の母は「アヒルのお母さん」で、精神的には私のお母さんではなかったけれど、でも、ほんとのお母さん「白鳥のお母さん」に引き取られて育て直しをしてもらったわけでもない。
何人かの温かく精神性の高い “愛に溢れた人” に出会えて導かれたことや、書物や芸術作品や大自然のなかに “母なるもの” を見い出してはそれをいただいた・・・ということはあったけれど、やっぱり 心許なさ はありました。
「 “本物のお母さん” に愛された人には敵わないんだろうな」と思ったりしましたね。
でも・・・、そんな私だけど、愛を知って体現できる人になりたいなぁ・・・、成長、成熟を望み続けて歩いく人でありたいなぁ・・・と思いました。
私の人生の この設定、この仕掛けに、負けずに挑もうと し続けることは、私の今回の人生の大きなお題の一つであるんだろうな、とも思うので、人生のお終いになるときまで、私なりの精進を続けようと思っています。
