「一生懸命やってきたのに報われなくて辛い」_駆り立てているものは何?誰?

一生懸命やってきた/やっている。でも報われなくて辛い。
そう語る人のお話には、共通点があります。

それはまず、独特のこだわりを持っていて、視野が狭くなってしまっていて、自分で自分を縛って窮屈にしている、ということです。
「私は間違っているんでしょうか?」と問う割には、「私は間違っていないはず」と思い込んでいたりします。

それから、根気強さ、粘り強さはすごいのですが、何年もの間、行動を変えることをしていません。ずーっと同じことを悩み続けている、という人も。
選択肢というものを持たず、変わった動きをしないから、だんだんと固まっていってしまうんですね、身体も心も。

そして何より、「他人の期待」や「評価されるか」「称賛を得られるかどうか」を、行動の基準にしてしまっています。
自分の意思でやりたいように行動できていたら、正誤、優劣、勝ち負けを気にして苦しくなる、動けなくなる…ということなど ないのに・・・。

納得、満足のいく生活、人生を望むなら、やっぱり自分の意思でいろいろとやってみて、ときには失敗をして、修正・改善して・・・、「乗り越えた」「変化した」「成長した」ということを実感していくことしかないんですよね。

そもそも、何か達成する、というのも、通過していく “ポイント” であって、人生のゴールではないですもんね。「寝ても覚めても」とか「脇目もふらずにまっしぐら」とか「必死で」というのは、長い期間やることではないですしね。

車のナビとか、地図アプリとか・・・、今どきのマップって、寄ったり引いたりが自在にできて、確認することができますね。
行こうとする道や目的地は、そんなかんじで捉えながら、とにかくプロセスが大事、プロセスそのものが人生なのだから、「道中」を自分の好きなかんじで、気持ちよいこと楽しいと思えることを大切に、歩いて行くことでは・・・?と思います。

また、長いこと一生懸命やってきたことを「辛い」「虚しい」と感じていて、もし “何かに駆り立てられている” かんじがあるなら、きっとそこに「辛さの原因」があるはずです。

自分を駆り立てているものは何だろう・・・?
誰の顔が浮かんでいるんだろう・・・?
と、見てみるといいです。
大事なところです。