そうか、認知症の人は「人生で一番忙しかった頃へ戻っていく」のか・・・

認知症の人が記憶しているものを、”巾着袋に入った紙の束” と表現した本を、随分前ですが読んだことがあります。認知症専門医の先生の著書でした。
巾着袋の中には記憶した事柄が積み重なっている。記憶した順に入れられていくので、古いものほど下、新しいものほど上。
で、認知症になると、巾着袋の紐が緩んで口が閉まらなくなっていくので、上にあるものから飛んでいく。袋の高さも低くなるから容積も減り、中身はだんだん、だんだん、上に積まれたものから飛んでいってしまう・・・。
そんなふうに書かれていて、なるほどなぁ・・・と思いました。
「ごくごく最近の、あるいは ついさっきの 出来事を、すっかり忘れてしまうなんて不思議だな・・・」と思っていた頃(そもそも “記銘” ができていない、ということが分かっていなかった頃)に読んだので・・・。

昨日、母(90歳/認知症/要介護3)が、3週間ぶりにショートステイから帰宅しました。
いつもどおり、活発さとか社会性とかを頑張って使って過ごしていたんだな・・・ということが分かる元気さはあったものの、今まで以上に “何も覚えていない” のでした。お漏らしも増えたそうで「そろそろオムツも検討しましょう」という連絡を受けてもいました。

3週間も施設で過ごしたのに、今さっき送迎車から降りて「ただいま」と言ったのに、施設では どんなふうに過ごしていたかどころか、行ってきたということも、ほんとに全く覚えていませんでした。
すごいもんだなぁ・・・と改めて感心?してしまいました。

何日か前に、認知症専門医・長谷川嘉哉先生のYouTubeチャンネルで、『人生で一番忙しかった頃へ認知症の方は戻っていきます』という投稿を見ました。
先生がクリニックで診てらっしゃる認知症の患者さんは、ご自分の人生の、とっても忙しくて大変だった頃に戻っていく、というお話でした。
「子どもを迎えに行かなきゃ」とか「子どものお弁当を作らなくちゃならないから家へ帰ります」とかおっしゃるのだとか。
「子どものお弁当」・・・半世紀前に戻ってるんですね。長谷川先生はそれを「いとおしく思う」とおっしゃっていました・・・、確かにそうですね。

昨晩、ショートステイの職員さんがメモしてくださっている母の行動記録を見たら、母もまさにそうなんだということが分かって、これまた「なるほどなぁ・・・」でした。

母が、スタッフさんや他の利用者さんに繰り返し繰り返し話している定番の思い出話というのがあるそうで、それは、ひとつは10代の頃、遠く家を離れて住み込みで働いて、家族に仕送りをしていた話。
もうひとつは、私たち3人の娘を育てていた頃の苦労話。経済的にも大変だったし、働いてもいたので とにかく朝から晩まで忙しかった、という話。
その何十年も昔の話が、いま現在の話と混同することがあるのだそう。
一方、平成元年に建てた今の家に住み始めて以降の出来事は、尋ねてみても、はっきり語れる話がないようです。

平成以降の思い出が出てこない状態だと知らせてもらい、そっか、この30年余りのことは忘れちゃったか・・・、なかなか長い時間なんだけどな・・・、姑が亡くなってからは のびのびとアクティブに楽しそうに活動していたのにな・・・、と思いました。

母が “戻っていく” のが、今の私の年齢より若い頃のことなのか・・・と思ったら、ちょっと考えてしまいました。
私がこの先認知症になったとしたら、どんな時代に “戻る” ことになるんだろう・・・とか、
やっぱり、肉体的に若くて元気だった頃の、何かを望んで一生懸命に注いだり、ときには苦悩したりしながら、自分の命を思いっきり使っていた時の出来事が、魂にとっては重要なものとして刻まれているのだろうな・・・とか。

今もまだまだ、人として活動しながら “魂に刻んで” いるつもりですけど、でもやっぱり、もうピークはとうに過ぎているわけです。
それでも、ここから先を消化試合みたいにする気はないし、ご褒美みたいな時間だと思うのにもまだ早いはず。

より一層、日々のひとつひとつを雑にしないで大事に行きたいものだと思いました。