話してもやっぱり理解されない_『Tシャツが乾くまで』第7話

充の告白に長い時間が使われた第7話でしたが、充の子ども時代の描写には胸の詰まる思いでした。
自分のことを「親以外の大人が守ってあげなきゃいけない可哀想な子どもではなかった」、「ご飯は食べられたし風呂にも入れたし服は洗濯してもらえた」「殴られないし蹴られない。ただ、愛されてないだけ」だったと言っていましたが・・・。

自分の親を「自分に関心がない」人たちだったと言う充はきっと、辛い感情も喜びも何も、親から受け止めてもらっておらず、辛い感情の表現や処理の方法も 他者とのコミュニケーションも、学べないまま大きくなってしまったんでしょう。

辛い気持ちを体から逃がしてやる術を知らないから、体ごと逃げてしまう・・・。そんなクセをつけ、そんなやり方で、ずっと生きてくるしかなかったんでしょう。切ないです。

“変な人だった” と描かれた あずさ の方はどうでしょう。
「生まれた瞬間(親から)ポイッです」と、自分がずっと施設で育ったと語るあずさでしたが、あずさが自分で語っていたように、子どもの数に比べて大人の少ない施設では、親代わりとなってくれる大人(職員さん)に対して、「ねぇねぇ聞いて!」は強めにグイグイいけないと叶わなかったでしょうから、あの積極性や社交性は生存戦略として発達させていったんでしょうね。

昔、相談室のお客様にひとり、自分は施設育ちだとおっしゃる方がいました。
その方も、すごく人懐っこい風情で、なんというかたくさんの処世術を身に着け使ってきたのがわかる人でした。
一見、如才なくて強かで大丈夫そうに見える人だったのですが、たぶん人との距離感を間違えてしまう人だなぁ…と感じて、よく憶えています。

充も、あずさも、違うケースですが、大切な子ども時代に自分を愛してくれる親を持てなかった、という点が一緒ですね。

幼少期に親から十分に愛されなかったことが描かれた充ですが、それを想うと、幸せになればなるほど恐れが強くなること、幸せが脅威だってことがよく分かります。

充は、大切な咲子との暮らし(ひとっところに留まって維持し育てていかなくちゃならないもの)が、幸せなはずなのに なぜか苦しくて、どうしたらいいか わからなくなっていったのだと思います。

誰かを大事に思い、その人と一緒になろうと思ったのは、充にとっては初めてのことだったんでしょうけれど、大好きな人と結婚し、購入した家で暮らしていく・・・というのが、息の詰まるものに思えたり、失うのが怖くなっていき、そういう気持ちを収めようとしても、慣れ親しんだやり方である ”失踪” が頭に浮かんでしまい逃げたくなった・・・、そういう兆候が怖かった、ということでした。

自分のことを「愛されない人間」だと信じ込んでいたであろう充にとって、幸せな状態って、信じられない不確かなもので、失うことになるはずのものだったのかもしれません。
幸せが不安で恐ろしいものだったことでしょう。

それにしても咲子は辛かったですね。
なぜ10年も充が失踪せずに生活を続けられてきたのかという問いに対する答えが
「毎月第3金曜日になれば 園田さんに会えたから」。

・・・咲子からしたら、こんな告白ってないですよね、堪らなかったことでしょう。
自分たちの暮らしがあずさの存在によって成り立っていた、と告げられたようなものですもんね。

今回7話では、どういうことだったのかがいくらか分かって
「そんな結婚不適格者は結婚すべきじゃなかったんだ」の声を幾つか見かけました。う~ん、乱暴・・・

私はそういうふうには思いませんが、
真摯に説明をする充と「わかった」と言う咲子は噛み合っておらず(咲子は充の話を遮って「わかった」って言ってましたね、で、私はどうすればよかったのか?って。ここ、ああ咲子はわからないんだな…、わからないのにわかったって言っちゃってる…、仕方ないけど…って思って、哀しくなってしまった…)、
ラストシーンで立ち尽くしていた充は子どものように見え・・・
ひたすら、痛々しくて切ないなぁ…と思いながら観終えた第7話でした。