BLOG

剥けて、剥けて、残っているもの

自宅のすぐ近くに、80代のご夫婦が住んでいます。
私が子どもの頃から知っている(でも、挨拶を交わす程度で殆んどお話をしたことはない)ご夫婦ですが、昔からの印象として「地味で大人しく気の弱そうな旦那さん」と「綺麗にしている派手で気の強い奥様」という組み合わせでした。

それが先日、そのご夫婦を久しぶりにお見かけして驚きました。
お宅の前にデイサービスの施設の名前の入った車が停まっており、ご夫婦お二人が玄関から出てきたところに私は通りかかったのですが、ああ、ご主人はうちの母と同様、デイサービスを利用しているのだな…、前に見かけた時もヨボヨボと歩くかんじだったからな…、と思って見ていたら、なんと、デイサービスの迎車に乗り込んだのは 奥様の方で、見送ったのが ご主人の方だったのです。

奥様を改めて見てぎょっとしたのですが、髪はほぼ白髪で 無造作にカットされたおかっぱ頭、お顔もかなり老け込んだかんじになっていて、着ていたものも、トレーナーにジャージ…といういで立ちでした。あのお洒落な方が…!
数年前までは、80歳前後だったと思いますが相当若く見える人でした。きちんとお化粧をし、綺麗なお洋服を着て、パンプスを履いて、そして電車に乗ってお出掛けするところを駅でよくお見かけしていたので、急激に年を取られ別人のようになっている姿にちょっと衝撃を受けました。

そして今朝またお見かけしたのですが、お宅の縁側やお庭でご主人に何か窘められている奥様は、お顔つきからも会話の様子からも、あれは認知症を発症しているのだとはっきり判りました。

我が母も認知症ですが、その奥様も認知症。
何年か前まで元気に活動していた同世代の2人の主婦は、同じように認知症のお婆さんになって、それぞれデイサービスの施設に毎日運ばれていっているのだなぁと、少し切なく思いました。

興味深く思ったのは、母とその奥様が、どちらも若い頃とは逆の印象になっていることでした。

その奥様は若い頃、派手で勝気で社交的、よく井戸端会議で他人の悪口陰口を言っているのを耳にしたものでしたが、ちょっと険もあって近寄りにくい人でした。
それが、今は優しく穏やかなお顔でゆったりと、庭に咲いている梅の花やパンジーを嬉しそうに眺め、私と目が合うと恥ずかしそうに首をすくめて会釈して…、まるで童女のような可愛らしさだと思いました。

対して我が母の方は、若い頃から大人しく、人前で話したりするのは苦手だし、まるで飾りっけのない地味な人だったのですが、認知症が進みだすと、認知症の症状でもあるとはいえ、気の強さや激しさを発揮するようになり、プライドの高さから来る言動など、その徹底した可愛げのなさは、見守っている私たち家族の気持ちをことごとく削ぎ、萎えさせるようになりました。
また近頃は何を思ったのか何十年も前に買った化粧品を出して来て、おしろいやら眉墨やらで朝からせっせとお化粧を始めます。デイでは、家族の知らない面を発揮しては(他の利用者さんを “指導” したり威張ったり、誰かとケンカしたり場を支配しようとしてみたり…とのこと)スタッフさんをしばしば困らせているようです。

対照的です。
もちろん、認知症の “段階” が異なっていることはあるのでしょうが、どちらも若い頃とはまるで違う、信じられない変貌ぶりを見せています。

その奥様の方はきっと、若い頃は思ったことをズバズバ言い、やりたいことも十分にやって、 “気が済んでしまっている” んじゃないかしら。あの、お風呂上りのようにスッキリした風情でニコニコしているさま。”今ここ” にいて「満ちている」かんじ。もう何とも戦っていない穏やかなオーラです。
一方、若い時から自分のなかにあったものをたくさん抑圧して苦労の多い人生を送った母には、やり残しや思い残しがたくさんあるのが分かります。だから、今になって?というタイミングで、強い拙いものを出す。そして残念ながら、感謝というものがない。「愛」には程遠い…。

認知症になって、いろいろな機能が失われ、理性も働きにくくなると、纏って生きて来た様々なものが剥けて、剥けて、「本来の自分」「本質的な私」というものが出てくるのでしょうが、ひとつの人生の終盤、どんな道を辿ってどんな場所に到達するのかは、本当に人それぞれなのだなぁと思い知らされます。

私はどうだろう。いつか認知症になったら、どんな私が残っていて出てくるのだろう。
家族に嫌われたり疎まれたりしない、「やれやれ、困ったね。でも可愛いから許すよ」と笑ってもらえる、ラブリーなお婆さんになれたらいいのだけれど・・・。

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP