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原因は自分にある、と考えられるか

私は酷い目にばかり遭うのです、不幸体質かもしれません、といって、大変だった体験と現在の状況を訴える人と、ときどきお会いします。
お話を聞くと確かに、それはそれは、えらい目に遭いましたね、そんな酷い人がいるのですね、というお話です。

その “誰か” に問題がある、それは確かなのでしょう。そして、その状況の好転を願う気持ちもわかる。

でも、幸せな人生を創っていきたい、というのなら、その、「自分の外側の」「自分のものではない」問題は、「それはそれなのだ」「それを変えようと奮闘するのは時間と労力の無駄遣いなのだ」と考えなくてはならないと思います。

問題の原因が自分以外のところにある(私のせいじゃない、私が悪いんじゃない)と考えている限り、たとえ個々の問題を解決することができたとしても、おそらく、変わりません。残念ながら、いずれまた、同じような問題に遭遇して同じような思いにさせられることでしょう。

なんでもかんでも「どうせ自分が悪いんでしょ」と思うのは違います。どうであれ 自己責任で、というのも違います。というか「自己責任」という言葉、私は嫌いです。冷たいし、その言葉を平気で他者に向かって放つ人を、私は信頼しません。

そういう話ではなくて。
前提として、自分は自分の意思で生まれて来て、自分の人生を生きているんだ、ということを受け入れること。
生まれてくるときに自分で作った「自分の物語」をやっているのであって、「他人の物語」の脇役として生きてちゃいけないんだ、と気づくこと。
そこからなんだ、と理解してほしいと思います。

不幸な体験ばかりしてきた、今もしている、と思うなら、それは、何に気づけと、自分本体(自分の魂)から言われているのか、
そんな体験をこれ以上続けたくない、進化・成長して違うステージへ行きたい、と思うなら、そこに集中しなくては。

「他責思考」「他力本願」「努力しないでいるための言い訳」は やめる方向へ、
自分で考えて自分で決めて行動して、そして手ごたえを得ながら進んでいく方へ、
ぜひ自分を連れて行きましょう☆

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