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「自分の子ども」を守りたかったのか・・・

漫画家・芦原妃名子さんの訃報に接してから、いろいろなことを思い、考えています。
私が目にしている情報は、不十分だし間違っているところもあるかもしれない。だから、湧いてくる強い感情からはできるだけ距離を取りたい・・・と思ってはいますが、心が痛んでなりません。
きっと、私が知っている芦原さんの幾つかの作品と、そしてこの度のことで発信されていた言葉から、彼女の繊細さと誠実さ、〈誠実であろうとしたこと〉がよく分かるからです。報道されているような構図のなか、矢面に立って対応したことを想うと、堪らない気持ちになります。

吉本ばななさんがエックスで、同じ原作者の立場、経験として、「作品に出てくるキャラクターは自分の子どもみたいなもので、ほんとうに耐えられないときは意見を言い、受け入れられず悔しくて泣いた夜もありました」と言っていました。野木亜紀子さんも同様のことを書いていました。
そうか、ものを作り出している人にとって、作品、作品に出てくる人物たちというのは、産んで育てた「子ども」のようなものなのだな…と思い、やっぱり今回のことは、とても辛い、と思いました。

私たち皆が持っている攻撃性というものや、力のある立場、権力を持ってしまったときの傲慢さ、乱暴さ、また、無神経さのことも考えています。
豪華なバラの花束を持って、どうです?この花 美しいでしょう?と他人に誇示している人が、足元に咲く小さな花を踏みつけていたりする・・・、そういうことを思います。

また、21世紀に入った今は、これまでは隠されていたことや固まっていたものが、崩れ、噴き出し、露わになる・・・という大きな変化の時期と言われています。様々な世界で、それが起こっているのを見ますね。
そんな今ですから、力を持った側が、弱い立場にある側に侵入して大事なものを奪ったり踏み躙ったりしてまで自分の望みや欲求を叶えようとしても、今までのようには いかなくなってきている、と思います。

ばななさんは今回「どんな目にあっても良い原作は残る」、登場人物たちの「真摯な思い」や、ダンスというものの「神聖さや奇跡は永遠」だ、と書いてらっしゃいましたが、
優しくて美しい本物が、守られ尊ばれ愛される世界に、今は少しずつ移っていく過程にあるんだと私は信じたいです。

 

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