認知症で、昨秋【要介護3】の認定を受けた母。
このところ、そのボケっぷりに驚かされることが増えてきました。
たとえばこんなかんじです。
・夜中に布団を畳み、出かける格好をして、玄関で靴を履いてデイのお迎えを待っている。上階に寝ている私が気づいて駆けつけ「まだ真夜中。1時だよ?」と指摘すると、もごもごと言い訳をして、着替えて布団を敷いて再び就寝・・・。これを毎晩のように1~2回。
・物を定位置にしまえなくなった。整理整頓好きで相当ちゃんとしてる人だったのに、目を離すと忽ちごちゃごちゃになる。
たとえば、本棚にお箸。タンスにみかん。コタツの中に ほうき。衣類のアイテムごとの収納もできなくなった。大きな表示ステッカーも役に立たず。文字は読めるけど、それが「ここにはこれを入れるんだな」という理解には繋がらないようだ。
・食事の適正量がわからなくなった。本人曰く、匂いは全然わからないし満腹もわからないそう。2日分を冷蔵庫に入れておいたら1食で食べてしまう。”常備菜の常備” も無理になった。宅配弁当をケアマネさんが提案してくれたが、「受け取れないでしょうか?」「 はい受け取れないでしょうね」ということで却下。
・テレビのリモコンをエアコンに向ける。エアコンのリモコンをテレビに向ける。この間までできていた炊飯も、炊飯器のスイッチが分からなくなったようで、炊飯器の蓋を開けると研いだだけの水に浸したお米が入っている。
・デイのお迎えを待つ格好が、やけに着膨れてるな…と思ってチェックしたら、セーターの上にパジャマを着ていた。ズボンを2枚履いていたことも。
・出先から見守りカメラで見ていたら、たぶん下着を汚して脱いだ後で、タンスの中から様々な衣類を取り出しては放り投げ、やっと納得?して履いたのが、パンティーではなく半袖シャツだった。パンツとシャツが分からなくなったか・・・とショック。
・・・・・・というかんじ。
さすがに、自宅介護を続けていこうと思ったら、私は仕事をセーブ、時短にするしかないな、という状況になってきました。
そろそろ「特養」を検討しましょう、とケアマネさんに勧めてもらい、数か所見学に行ってきましたが、昼下がりだったせいか、どこの施設でも、ぼーーーんやりしたお年寄りが まーーーったりと・・・というかんじの光景を見ることになって、うぅむ静止画のようだ・・・と、少し躊躇う気持ちになりました。
見た限り、お世話してくださるスタッフさんたちは よくやってくださっていて温かく、好感を持てましたが・・・。
まぁ、入ってもらうならここがいいな、と思えた施設はどこも、100~300人の方が入居待ちしている状況とのことなので(驚!)、今から “列に並んでおく” のはよさそうです。
以前の投稿で、私は母に愛着がなく仲良しにはなれなかったので、優しくできていないのだ、と書きました。
でも、”そんな母” のこととはいえ、友人たちから
「朝昼晩、ケアしてもらいながら楽しい暮らしができる施設のほうが断然いいと思うよ」
「自分たちの生活が破綻しちゃうと思ってさっさと施設に入れちゃったけど正解だったよ」
などと言ってもらっても、私としては「そうか!そうよね!」とはなりません。
当の母が施設を嫌がっていないというか、むしろ、「『3食つきの年寄りの世話をする仕事』に行くのは楽しい」そうなので、その点で胸を痛めることはなく、いつでも入所してもらってよいのでしょうが、
まだしばらく時間をかけて、母本人というより自分自身が、あとで「あれが最善だったよね」と思えるための工夫や努力をしてみたいんだよなぁ・・・というふうに思うんですね。
そうじゃないと・・・、「私にしては、ちょっと雑だったかな?」という決断をしてしまうと、それはきっと、私の人生の、せっかくの「過酷な初期設定」を生かせなかったことになる、「何にせよ適当・乱暴なことをせず、最後まで心は込めたい」と考えるのが私なので、もう暫くは、デイサービスとショートステイを利用させてもらいつつ、自宅で見ていようかな、と考えています。
パンツの代わりにシャツを履いちゃう母を見守りカメラ越しに見たときはショックでしたが、今以上の事態が起きてくるようになったら、その時は決めます。
よく言われる「排泄が自分でコントロールできなくなったとき」「夜間の徘徊を頻繁にするようになったとき」が目安でしょうか・・・。
でも、私の場合はとにかく、自分の意思、自分の気持ちを大切に、やらせてもらうのが一番なんだろうと思っています。
