今日は、仕事がなく、母はショートステイに行っていて不在で、そして雨。
ということで、やろうと思っていた幾つかのことは全て取りやめて、眠ることにしました。
「そうだ、今日は寝よう」
ゴロゴロ、だらだらするのでなく、ベッドに入ってしっかり、本格的に眠りました。
こんなのいつぶりだったろう・・・、よく寝た、よく寝た。
きょろっと起きたときにはもう、暗くなっていました。
起きてお茶を飲みながら、今日のこの長い深い眠りは、肉体的に疲れていたというより、心が欲していたものだったんだなぁと思いました。
明後日5日は「天赦日」で「一粒万倍日」で「寅の日」で「大安」で・・・という稀有な日ですが、私の感触では大きな節目になりうる終わりと始まりの感じられる日、ひとつのチャンスとして逃さず動き出したい日で、それゆえ、それを前に、できるだけ心を軽くしておきたかったみたいです。
なんというか、クセで、気づくといろいろと背負い込んでいる私なのです。
寝ている間に “ゴミ” の分別と処分をした感覚がありますが、その 睡眠中の “ゴミ捨て” を通して、なぜだかひとつ、思ったことがありました。しみじみと、改めて、スッキリと。
それは、小さかった私は、母親と父親に「(私の心の)そばにいてほしかった」んだ、それを渇望して、そしてそれがちっとも叶わなかったんだ、ということでした。
もともと両親は、人を見る目など持っておらず、「小さいのにしっかりし過ぎている可愛げのない長女」なんかより他に注意・注力しなければならない事柄がたくさんあって、暮らしというか人生に余裕などなかったはずなので、
3人娘のうち最も手がかからず、なんだったら戦力になるし家の外では活躍するし・・・と、まったく心配のなかった私は、まるで気遣われなかったわけですが、
でもやっぱり、1歳…3歳…5歳…12歳になったって15歳になったって…子どもは子どもだったわけで、ずっと心細かったのにそれを表現できなかったわけで・・・
そのまま仕方なく大人になってしまった私はやっぱりずっと、心細いし寂しかったんだよね・・・
父と母が、私の不安や緊張や悲しみや怒りや、深いところに持っていたはずの優しい気持ちを理解してくれていて、そばにいてくれて、力になろうとしてくれていたら・・・、そんなことが一度でもあったとしたら・・・、私はどんなにか安心で嬉しかっただろう、元気だったろう・・・、と思いました。
60歳を過ぎた今ではもう、”あの” 両親には無理だったんだということは十分に分かるし、だから「欲しい」わけでは全くないし、自分が自分を解っていて一緒にいたらそれでいいんだ、と、無理なく思えてはいますが、
「そんな育ちをして、そんな思いをして、実はずっと心細くて寂しかった私」のことは、今もこれからも、私という人間を構成している人のひとりとして、存在を認めて大切にしていかねばなぁ・・・と思いました。
長い昼寝から覚めて、何やら眠っているうちに進んだ “ゴミ捨て” の後に、ポンッと出てきた思いです。
