「母の住んでいる世界」を大事にする、ということ

母(90歳、認知症、要介護3)は今、デイサービスとショートステイを利用させてもらっているのですが、いずれは特養への入所を…と考えています。
昨日は、以前いくつか見学した中で最もよかった施設へ、入所の申込みに行ってきました。100人待ち (?) と言われている施設です。

受け付けてくれたスタッフ(生活相談員)の女性は、お会いするのが2度目。施設見学のとき以来。
見学のときも、私を連れ歩き案内してくれながら、入所者さんにもスタッフたちにも細やかに親切に声を掛けて歩き、コミュニケーションを取る姿が好印象で「お仕事できる方だな、愛情深い方だな」と感じましたが、
今回も、テキパキと書類確認をしながら母の様子を聴いて記録してくれました。

私が「母はベッドで寝るのがイヤみたいで、そのことを思うと、ベッドで寝なければならない施設暮らしは、ちょっと気の毒なのかな…と思う」ということを言ったら、
「お母さまはまだ身体介助が必要ではないようですから、部屋からベッドを搬出してしまって、使い慣れたマットレスとお布団を おうちから持ち込んでいただいて、そこに寝ていただきましょうか」
と思いがけない提案をしてくれたり(他所では無理だと言われました)、
母の好きなもの、好きなことや、特に認知機能の衰えについてなど、いろいろと質問しながら、会ったことのない母の状態を、できるだけ正確に掴もうとしてくれていること、また、できるだけのことをしてあげようと考えてくれていることが伝わってきました。
だから私は話すごとに肩の荷が下りる感じがするのだな、と思いました。

それから その生活相談員さんは、私が
「最近は、炊飯器からしゃもじでご飯を掬ってそのまま立ち食いしたりしている」
「おやつ用にとしまっておいた おせんべいとクッキーを、深夜に ひと袋全部平らげてしまった」
などと “困っている話” をしたら、こう言いました。

「少しずつ体重も減り、近頃は常に “徐脈” とのことですよね。90歳という年齢を考えても、たくさん食べてしまうことができるなら、好きにさせてあげていいと思いますよ」
「だんだん食べられなくなっていき、起きて活動することもできなくなっていく…と考えたら、もうきっと、今だけですからね」

・・・なんというか、目から鱗がパラパラッと落ちました。

あれ? 私、ちゃんとやってあげようと思って、おかしな方向へ力をかけて気張ってた?、そっか、危ないことじゃなかったら好きにさせとけばいいのか・・・。
そうか、もう、なんでもOKって考えればいいのか。
だいたい、言って聞かせたって一切憶えていないんだしな・・・。
そういえば、”要らんこと” をされてイライラしてたのは私だけ、”意味のないこと” ばかりしたり 昼間に眠ってばかりいることを嘆いていたのも私だけ、母本人は何も困ってないんだよな・・・って。

ドラマ『銀河の一票』(第3話)を思い出しました。
あかり(野呂佳代さん)が、家族同然の存在であるスナックのママ・とし子(木野花さん)のことを、入所している施設の施設長(伊勢志摩さん)に
「もうママは残ってないんでしょうか…。ただ座って、ぼんやりお庭を眺めて…。あんなのとし子さんじゃないみたいで悲しい…」と涙ながらに語ったシーンです。
「ママは、もっとチャキチャキ、パキパキ動いて、喋って、笑って、頼もしくてカッコよかった」のだ・・・と。

それを聴いた施設長は言うんですよね、
「じゃあ、やっと ぼんやりできているのかもしれないですね。ずっとチャキチャキパキパキ頑張ってきて、今やっと・・・」
って。

今やっと、ぼんやりできている・・・

家族には、かつて元気に活動していた頃の姿が心にあるから、つい、正そうとするし、もと居た こちらの世界に “戻ってきてほしい” と思ってしまう。
でも、長く生きて(それはそれは頑張って生きてきて)、認知症になったことで、いろいろ忘れて、会話も成り立たなくなって、特に何かをすることもなく、ただぼんやりと庭を眺めているだけになったとして、
それは「今やっと」辿り着いたステージで、家族は寂しいけれど、本人にはきっと何も不満はないだろうし、不幸せではないだろうし、「人生の春夏秋冬」の「冬」のところを静かに過ごしている、ということなんですね。私の母もそうなんでしょう・・・。

それなのに、「それじゃダメでしょ?まったくもう・・・」「いやだ、どうしてそんなふうになっちゃったの?」「しっかりしてよ」「あぁ、困った困った、嘆かわしい・・・」なんて・・・。

「ぼんやり」も 爆食いも「とんちんかん」も、それでいい、
今、母は、もう何も無理をせず自然に、そういう世界に住んでいるんだ、
そう考えればよかったのか・・・。

そう思うことができて緩んだ私は、
これからは基本、現状を否定的に見ることをせず、母の自然な変化、母のいる世界を尊重していこう、
それを容易くするために(だってやっぱりイライラするし疲れてしまう)、介護の仕組みやプロの力を、よく知って使わせてもらおう・・・
とそんなことを思いました。

介護施設というところを訪ねて、そこで働く人たちの熱心な働きぶりや身に着けている技能や知恵に触れ、そして人生を緩やかに閉じていっている母の姿への眼差しを少し改めて・・・
私はまたひとつ新しいことを勉強させてもらってるんだなぁと思いました。

いつ入所の順番が来るかわかりませんが、母をお願いするときのことを想うと、ここだったら母もよくしていただけるだろうな・・・という安心感と信頼感が湧いてきます。
これも有難いご縁なのだろうな、大事にさせてもらおう・・・と思いながら帰ってきました。