なに?なに?どういうこと?
と思いながら観てきて、先週の5話ラスト、充の「ただいま」には思わず声が出ましたが・・・
6話では、1年ぶりに帰ってきた充と いよいよ「充の失踪を受け入れて一歩前へ・・・」と充の “物の処分” から始めようとしていた咲子の対峙・・・、咲子の大きな動揺や 様々な思いで混乱している様子が描かれていました。
ネット上に見られた視聴者の感想(充に対して)は、前話以来 激しいですね。
皆さんきっと、不倫してたのか違うのか、何かやむを得ない事情があったんだろうな、と考えたり、手紙をよこしたと思ったら洗濯機のフィルター掃除をしてねだとか、電話で「元気そうでよかった」などと言う充に腹を立てたり不愉快になったりしていたようなので、いきなり帰ってきて飄々と淡々と穏やかにされたらもう、「赦せない!」「殴らせろ!」「まずは涙の土下座謝罪だろう!」となってしまったんでしょうね・・・。すごく怒ってる。
私はというと、年齢もあるし、一応心理職で人の許容範囲が広いし、生方美久さんという脚本家の作るものを信頼しているということもあって、そういう感情を抱くことは全くないですが、なんだかすごく苦々しいかんじ、脱力してしまう哀しいかんじになりました。
あぁそうか、こういう人を描いていたのか、それじゃあ辛いなぁ・・・、咲子は「二人でここで、ご飯とか、家電とか、ずっとこういうつまんない話してるのが良かった」「私の何がいやだった?」と言って泣いてたけれど、そういうことじゃないからなぁ・・・、そう思って。
私は、仕事柄、充みたいな人のパートナーの人からのご相談に乗ることがときどきありますし(自分は「カサンドラ症候群」というやつです、と仰る方も…)、プライベートでもこれまでの人生で、何人か、”充みたいな人” に出会ったことがあります。
一か所に長く留まれない、リセット癖、失踪癖がある、とても優しいんだけど どうにも崩せない見えない壁を感じさせる、親密を好まない、人間関係の構築というものが解らない・・・。「回避型」とか「シゾイド型」とかのパーソナリティ障害の傾向がある、そういう人たち・・・。
これはどうしようもないから。
それを分からずに「同じものを見ている」気になっていたなら、ある時大きな衝撃を持ってそのことを思い知らされることになるし、分かったとしても、そこは受け入れて諦めて、独りでいるしかないから。
そう考えれば 充が、1年間もいなくなっておいて、いきなり帰ってきて、そしてあんなふうに悪びれずにしていたことも、嚙み合わないズレた返しばかりすることも、6話のラストで 視聴者の皆さんが怒った “逆ギレ” 質問をしたことも、そうなるよなぁ・・・、あれはとぼけてるのでもふざけてるのでもないんだよなぁ・・・と。
咲子が、充と出会った日にバーで話(互いの親の話)をしたときに「彼とはこの感覚を共有できる」「嬉しかった」「この人となら、本物の家族になれるのかもしれない」と思ったという回想がありました。
思えばこのドラマの主役4人は皆、幸せ家族では育っていません。親に理解されず、あるいは親の不在で、それぞれ孤独を体験してきた人たちのようです。
“そういう育ちをした人たち” と言っても様々で、「だから自分は温かい家族を作るんだ」と思ってそれに成功する人もいるし、「だから自分には、家族とか子どもを持つとかは無理だ。嫌だ」という人もいるし、パートナーや家族とうまくやれていると思っても、実はズレ・乖離が自分の中で徐々に誤魔化せなくなっていったりして破綻させるしかなくなる人もいるでしょう。
でも、そういう育ちゆえのそういう特性というのは、理解されないものなのだろうなぁと今回しみじみ思ってしまいました。
今どき さすがに、たとえば「うつ」に対しては、「根性がない」「甘えだ」などと言う人は少ないと思いますが、親や家族の問題やトラウマ体験で苦しんできた人、生きづらさを抱えている人に対しては、依然「誰にだって何かしらある」とか「どうだったにしろ親には感謝しなくちゃ」とか「そんな昔のことを言い訳にするな」とか、言いがちです。
でもほんと、それぞれに、心を大事に育んでもらえなかったために抱えるしかない生きづらさというのは、とても大きい・・・。
実際この間、あるドラマ考察チャンネルをやっている人の感想動画を見ていたら、樹生の「水族館でのトラウマ体験」や咲子の「花火大会でのトラウマ体験」に対して、「そんな昔の体験が大人になってまで影響することはないでしょう?」「さすがに大袈裟」と言っていて、うぅむ、この人は幸せに育ったんだな、親が子にどれほどの傷や生きづらさをもたらすか…ってことについてはやっぱり、なかなか理解されないものだな・・・と思いました。
あと4話…でしょうか。これからまだまだ「なるほどそういうことだったのか・・・」が描かれそう。
あずさも「”あの” あずさちゃん」と言われていましたし、充は、亡くなったあずさとのことを含め、言えないできたこと、諦めてきたことがあると思うし、咲子もここまでは “理性的でおとな” な対応をしてきたかもしれませんが、思い違いや理解できていなかったことを思い知らされる気がしますしね・・・。
生方美久さんという脚本家は私の息子より1歳若いという年齢で(驚きます)、看護師・助産師さんもやっていたという方なのだそう。
既に何作もの名作を作っていますけれど、今回もまた、どんな人を、何を、描いてみせてくれるんだろう…と、とても楽しみです。
