ロングショートステイを利用しながら

苦手な夏は越えたものの、母(90歳/認知症/要介護3)は一段とぼーっとしていることが増えました。

ショートステイでも、以前のように他の利用者さんの世話を焼いたり おしゃべりを楽しんだり・・・ということが減っているそうです。
職員さんからの働きかけに対しても「ハッキリした反応を見せず、ぼんやり、うとうとしていることが増えている」という報告をもらいました。

以前、ドラマ『銀河の一票』で描かれたシーンのことを書きました。
あかり(野呂佳代さん)が、大切なスナックのママとし子さん(木野花さん)が認知症で “ただぼんやり座って庭を眺めているだけなんてママじゃないみたいだ” と言って泣いたときに、ママが入所している施設の施設長さんが「ずっとチャキチャキパキパキ頑張ってきた とし子さんが、やっと今ぼんやりできているのかもしれませんね」と言った場面でした。

それを見て私は、あぁ自分も、元気に活動していた 働き者でおせっかいで喧しい母を母という人だと思っているから、こんなにイライラするし嘆かわしく思うのだな、つまり目の前の老いて衰え認知症の進んだ母を、”正常ではない姿になってしまっている人” として見てしまい、やっと辿り着いた(と言っていいはずの)世界から、かつては居た こちらの世界へ戻ってきてほしい、と思っていたんだな・・・と、気づかされたんですね。
頭では「90歳」で「中等度の認知症」なんだと分かっているのに、母の辿り着いた世界で “やっとぼんやりできていること” を認めていなかった(それを、困ったことだ、少しは改善できないものだろうか…と思ってしまっていたな)・・・と。

さすがに今は、母が見せている姿を受け入れられるようになりましたので、とにかく母が、苦痛や不幸を感じることがないように、自然に、人生の最終のところを過ごすための無理のないサポートが、私なりにできればそれでよし、と思って楽になりました。
葛藤やモヤつきがあると、やっぱり消耗して疲れてしまうものだと思い知った次第です。

母は、ショートステイから家に帰ってくると
「ベッドはいやだ」と言い、布団に寝るのですが、畳んで仕舞わなくていいよ、といくら言っても押し入れによっこらしょ、と上げ、先日は腕を傷めましたし、
トイレのドアが重くて開けにくいからおしっこが間に合わなかったなどと言い訳をする(オムツは脱いでしまう)し、
服も生活雑貨も、”それが何か” は言えても用途が何なのかが分からないまま使おうとして、ヘンテコなことになってしまうし、
ちょっと目を離すと、あっと驚くおかしなことをするし(この間は仏壇のおりんに味噌汁を入れて飲んでいた…)、
窓の外に誰かがいた気がしたから、と外に出て行ってしまうし(誰もいません)・・・

そんなことが始まりましたので、
家じゅうの収納やら建具やらを修繕したり交換したり、小さな子がいる家庭のように危険回避策あれこれを施し、しかも見張っていなければならず・・・と、ちょっと大変にはなってきました。

申し込んでいる特養に入所できるまで、「ロングショートステイ」を利用しつつ頑張ろう、後悔のないよう最善を尽くそう、と思っているところです。