同じ親を持ち同じ家で育ったのに、きょうだいたちと、受け止めが違う、受けた影響が違う・・・。
「自分の家は機能不全家族だったんだ」「毒親に苦しめられたんだ」と気づいて苦しんでいるのは私だけだという気がする・・・。
弟が羨ましい。妹はずるい。そう思ってしまう自分の心の狭さ、心の弱さが、自分でもいやになる・・・。
・・・・・・と、そういうご相談をときどき受けますが、
そう思って苦しいという人に私は、こんな話をさせてもらいます。
まず、「同じ親を持ち同じ家で育った」と言っても、同じ体験をしたわけではありません。両親がその子どもを持ったときの状況も違いますし、その子どもが持って生まれている性質も違います。それぞれ “異なる体験” をしています。
苦しくてご相談に来られる方は、繊細で、共感力が高い、第一子(長男、長女)であることが多いですが、両親から大いに期待され、注がれ、厳しくされた人たちです。
「いい子」「しっかり者」だったかもしれませんが、何をやっても可愛い可愛いと許されるような子どもではなかったことでしょう。
いろいろと感じ取って、親の期待に応え続け、たくさん我慢したのに、評価が低い、無条件に愛されたとは思えない。
だから自分より甘やかされて育った(・・・と見える)下の子たちは 「ずるい」。
でも・・・
生まれつきタフなメンタルを持ち、良い意味で鈍くて「傷」を作らずに済む子もいますが、あなたが嫉妬し腹立たしく思う きょうだいたちも、あなたとは違う傷つき方をしている・・・ということもあると思います。
たとえば、第一子であるあなたと親の関わりを見ていて、自分は親と距離を取ることに決めて遠ざかり、 “うまいことやった” ように見えている子は、もしかしたら人と親密になることを避ける “心を開けない” 淋しい人になったかもしれないし、
好き勝手にやって楽しそうに生きているように見える子も、自分の価値、生きている意味を見つけられなくて、依存症(依存する対象は、物質、行動、人間関係…と様々です)の傾向のある、真に幸せとは言えない生き方をしているかもしれない。
ほんとに様々な形の傷つきをしている、ということがあるのだと思います。
機能不全家族の子どもは、以下の役割を分担している、と言われます。
①ヒーロー(英雄)、②スケープゴート(生贄)、③イネイブラー(世話焼き)、④プラケーター(なだめ役)、⑤ピエロ(道化師)、⑥ロストワン(いない子)・・・。
3人いれば3人が協力して、家庭が崩壊するのを防ぐ役割を担っています。もちろん、担う内容を子どもが打ち合わせて決めているはずもなく、自然に割り当てられてしまった役割を、それぞれの子どもが演じていくわけですが・・・。
ある意味、きょうだいというのは、あるひとつの機能不全家族に生まれて人生の初期をそこで過ごした…という点で「同士」ではあるわけですが、
でも、それぞれにはそれぞれの「人生の計画、目的」があって生まれてきている、みんな一緒ではない、と考えるのがいいんじゃないかな、と私は思います。
同じ二人を両親に持つきょうだいであっても、
精神的に未熟な両親からは 十分な保護も理解も共感も得られなかった、という体験をする子もいれば、
「できない」「やりたくない」が許され甘やかされ世話を焼かれ、そのことで「自立」をし損なう子もいるし、
早々に「この人たちは自分に合わない」「好きじゃない」と見切りをつけることで両親から放置してもらい、独自の世界に籠って生きたり、特に何も思い残さず、外の世界へと冒険に出て行くような子もいるでしょう。
同じ家、同じ両親でも、そこで一緒に過ごす期間に “何をしているのか” はそれぞれ異なるのだから、きょうだいと自分を比べて「あの子はずるい」と妬んだり、「私だけが犠牲になった」と悲しくなったりしていても仕方がない。そう考えることにして、とにかく自分は自分の人生をどうしていくかに一生懸命になること。私はそれをお勧めします。
せっかく、子ども時代という人生の重要な時期を使って しんどい体験をしたのですから、「ただでは起きず」「何かを掴んで」「それを生かして」・・・〈自分の物語〉を大切に作っていきたい、そう思います。
