親の話になると みんな体から “抜け出した”

(5年ほど前に書いたものですが、加筆修正して投稿します。)

10数年前に1年半ほど通った透視とヒーリングの学校。アメリカ人の透視能力者のレバナ・シェルブドラ女史が主宰するスクールでした。
講義と実習がありましたが、講義を受けるときは、生徒全員が椅子に座って目を閉じ姿勢を正して、エネルギーを整え、自身のエネルギーを流しながら聴くスタイルでした。
(目を瞑って聴く。だからメモを取ることはできず、講義の内容は、ボイスレコーダーに録音したものを後で聴き直し書き起こしていました。)
先生は目を閉じて座っている我々生徒を見回しては、その状態が良くないと的確に指摘したものでした。

昼休みにお喋りしていた友だちとセパレーションが出来ていない、グラウンディングコードを下ろし直しなさい、オーラをぼやっと広げないで引き締めなさい、などなど・・・。
思い出すだにブルッときます・・・(笑)

先生の講義は、どれを思い返してもとてもためになりました。
今の私が、見るべきものを見ようとすることに迷いが無くて 心に揺るがない平和があるのは、あの学校で、この地球で生きていくための大事な知識、知恵と技能を学べたことが大きいです。
基礎の基礎になるものをたくさん教わりました。

そんな学校でしたが、特に忘れられない講義があります。
それは、「親」がテーマの回でした。

先生は、講義が始まると直ぐに、クスクス笑って、こう言いました。

「あらあら、出て行くのはまだ早いわよ。戻ってらっしゃい!」

・・・「出て行く」というのはもちろん、本当に退室してしまうという意味ではなく、肉体をそこに置いたまま中身だけ離脱してしまう・・・という意味です。
何分の一かの生徒が、講義が始まって数分で、”抜けてしまった” (=ストンと眠りに落ちてしまった)のです。

これは、先生にとっては毎期恒例の出来事で慣れているようでしたが、その時も
「あらまぁ、本題に入る前に、あっちでもこっちでも、もう(肉体から)逃げ出してるわ・・・」
と、可笑しそうに笑うのでした。

これ、何かと言うと
「親の話は、みんな辛い」
「親のことには向き合いたくない、逃げ出したい」
ということなのです。

あの学校に入ってくる人の多くは、人生を変えたい、生きながらにして生まれ変わりたい、というふうに考え、覚悟を決めて入学してきた人たちだったと思いますが、
解決できていない親との問題についてもまた自覚していた人は多くて、皆それぞれに、そこをなんとかしないことには望む変化など起こせないだろうということも理解して、憂うつではあるけどしっかり対峙していこう、と決意していたはずでした。
そんな生徒たちであっても 親の話というのは、相当な心理的な抵抗があるために “逃げ出して” しまう・・・。
それほどのものなのだということを、私はあの講義で思い知りました。

・・・ということを知っている私は、カウンセリングにいらっしゃるお客様が、親御さんのことを尋ねたときに
「うちは問題ないです、ありふれた普通の家庭でした」
「うちの親は苦労の多い不幸な生い立ちをしているので仕方ないんです」
などというふうに言って親を庇ったり話を逸らして防御しようとたり・・・と無意識に抵抗を示すことがあっても、困ったりがっかりしたりしません。
ふむふむ了解、触れられたくない傷があるのだな・・・と心の中で思って、さてどこから行こうかな・・・、そう考えるだけです。

だから親の話なんて嫌だ、私にはきっと無理だ・・・と思う方も心配しないでください。

ただ、
「大事な所だから触られたくないのは当たり前」「不快になるのは怖いから」
そんなふうにだけ、思ってみてください。

そして、
「親って、自分の人生にとって大事なお題になる部分に、うまいこと傷をつけてくれているものらしい」
「ということも、今は理解できないけど いつかは受け入れられるかもしれない」
くらいのかんじに思っておいてください。

それだけで十分です。
一緒に見て、越えていきましょう、無理せず少しずつ丁寧に。

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