小さな違和感をスルーしないこと。自分にとって “違うこと” は やめること。

たとえば、誰かから嫌われないように、と思って、あるいは世間ではこれが良いと言われているから私もそうしよう、と思って・・・、そういうことで無理して自分を曲げて行動していても結局は、ほんとの自分が「しっくりこないなぁ」「なんか違うんだよなぁ」と納得しないから、うまくいかないものです。

お客様とお話ししていると、長いこと自分じゃないものに合わせて生きるのを当たり前のことにしてきたせいで「自分の好きなものが分からない」・・・という人が結構います。

人って当たり前ですが一人一人違って、根本的なところ、本質的なところは、滅多なことでは変わりません。あなたも、私も、誰でも。
だからほんとは「本来の自分」を正直に生きるしかないんだけれど、それは多くの人にとって、なかなか難しいことだと思います。
私もこの年になるまで相当苦戦したし、今も十分じゃないです。

私の場合は、10代20代の頃から常にあった「葛藤」や「息苦しさ」に向き合ってみたとき、あぁこのままじゃダメだ、私は私の人生を生きられないで終わる、本来の自分の望みを分からないまま終わってしまう・・・という焦りや不快感が強烈にやってきたので、それからはいろいろなことに取り組んでみました。

ようやく “呼吸” が楽になって「私はこれが好きなんだ」「これは要らないんだ」とわかるようになったのは、もう50代になってからでした。随分と遅くなってしまったな。

でも、人生ってきっと、本来の自分を思い出して、そこに立ち返っていくことなんだろうし、その自分を大事に生きていくのが唯一の 幸福な〈道〉なんだと思うので、遅くなってしまったけど、よかったと思っています。

私たちって、「なんとなくイヤだな・・・」「これは違う気がするな・・・」って、ほんとはちゃんと感じ取っているのにその感覚をスルーして、そのせいで望んでいない方へ流されてしまう・・・ということを結構やりますね。
そうやって我慢することで力がつくこともあるんだ・・・とか、大人の世界なんてこうやって歩いていくものだよね、とかいうことを自分に言い聞かせたりして。

だけど、身体はよくできていて正直だから、ちゃんと教えてくれるんですよね。
たとえば、あるイヤなことを無理してやろうとすると必ず吐き気に襲われるとか下痢してしまうとかいう症状が出るとしたらそれは明らかに “メッセージ” だし、
もしかしたらもっと分かり易い極端な出来事(事故とか)を体験させることによって知らせようとしてくるかもしれません。
「それ、違うよ」「もう限界を迎えてるよ」「本来の道から相当ハズれちゃってるよ」「戻ろうよ」っていう 強い警告ですね。

さすがに大きなトラブルや事故などが起きると「強制終了」みたいなかんじになって、結果的に「軌道修正」がなされることになったりしますが、そんなことを経て強制終了になるまでには、時間もエネルギーもたくさん消耗するし損失も大きいと思うので、できれば「違っちゃってること」「道から外れてしまっていること」には早めに気づいて修正したほうが楽でいい、と思います。

そのためには、ささやかな違和感や、「これは自分にとって “違うこと” なんだ」ということに、ちゃんと気づいてそれを尊重する行動ができるよう、練習することだと思います。

小さな違和感を見逃さないこと。
自分にとって “違うこと” はやめること。
そういうことを心掛けながら、本来の自分が歩くべき道から外れているなら本来の道に戻ろうとすること。
「”違う” 道の上」を 頑張って歩き続けたりしないこと!

その過程では、誰かと別れることになったり何かを手放すことになったりするかもしれませんが仕方がないです。
そんなふうになりながらも、自分の好き嫌い、自分の気持ち、自分の意思を何よりも大切に、「本来の自分」が歩きたいはずの道を行くのが人生、そう思います。