このところ母が真夜中に「布団を畳んで出かける支度を始める」のが頻繁になっています。
外へ出ていってしまうわけではないので放っておけばいい・・・のかもしれませんが やっぱり そうもできず、母の居室の上に寝室がある私は、
①その物音に起きて→ ②母の部屋に向かい→ ③「まだ1時だよ? お布団敷いてパジャマ着て寝ましょ」と言って聞かせ→ ④消灯するまでを見守って2階の寝室に戻る・・・
ということを、ひと晩に2回3回と繰り返すので・・・、寝不足です。
着替えについても、少し前にも書きましたが、いよいよ衣類それぞれの用途がわからなくなってきているようで、結果、とんちんかんな恰好に仕上がります。
この間は、出先から見守りカメラで見ていたら、下着のシャツを3枚重ね、下着のパンツの代わりにTシャツを着て(腕を入れるところに脚を入れる…。なんかキツい、という顔をする。そりゃそうだ)、暖かい日なのにセーターを着て その上に裏起毛のベストを着ていました。セーターの上にパジャマを着て、その上にカーディガンを着ていた・・・ということもあります。すごい、着られるだけ着ちゃう・・・。
その日は 銀座で電車に乗り 自宅最寄り駅で降りるまで、何度かカメラを繋いで見ていましたが、1時間近く あぁでもないこぅでもない…と苦心しながら格闘していました。
帰宅して見に行ったら、タンスの引き出しは何段も開けられたままで、たくさんの衣類は散乱したままになっていて、泥棒が入って金品を探して帰ったあとか?という有様。ちょっと眩暈がしました。
「認知症の人の頭のなか」については、本を読んだり専門家の話を聞かせてもらったり・・・結構勉強して理解したつもりになんだけどな・・・、ほんとに分からないことも増えてきたな・・・、と思います。
“感情的に受け入れ難い” という思いや期待とか願いとかも もちろんありますが、いちいち「どういうこと?」「分からないなぁ…」「なんでこうなる?」「いま頭の中では何を感じてる? 何を考えてる?」ということを考えてしまうので、余計に疲れるのかも。
同じように自宅で介護を続けている友人などは
「私はある時から『頭の病気、不治の病の人』として関わってるよ」
「なんで?もなにも、もう頭の機能が随分失われちゃってるわけだよ?」
「”感情はちゃんと残ってるんだから云々” とか言うけど、私はそうは思わない。古い思い出を蓄えてるってことはあるんだろうけど、今あるのは『快と不快』だけだよ」
と言います。キッパリ、サッパリしています。
なるほど・・・とは思うんですよね。確かに母の心はもう「喜怒哀楽」の「楽」がうっすらあるくらいで、それ以外、「喜」も「怒」も「哀」も、生み出さないように見えるからです。
あ、この間、カップ麺(デイサービスの “お買い物ごっこ” で買って持って帰ってきた)を夜半過ぎに食べていたので窘めたら、初め「私の勝手でしょ?」などと言いましたが、「もういい!もう捨てる!!」と怒って、食べかけのカップ麺を流しに持って行ってシンクにぶちまけた・・・という出来事があって、「あら、久しぶりに怒ってる」と思ったことはありましたけどね。
でもそんな 激しめ のことも、10秒経てば出来事ごとまるまる無かったことになっているんですよね。誤魔化してるとかじゃなく、ほんとに憶えていない・・・。
喜びというものも哀しみというものも、今はもう感じていなさそうですし(感じる機能が相当損なわれているように見えます)、昔の古い記憶についても、感情体験としてはほとんど憶えていないようです。
ただ、(楽しいというほどではないけど、なんかいい感じだ…)という程度の感覚を、ときどき感じているくらいなんでしょう。
好きだったテレビももう楽しめないようで、点けてもすぐに消すようになりました。意味がわからなくなったから うるさく感じるのかな・・・。
もう少しの間、観察と見守りを続けながら、母の人生の閉じ方が悪いものにならないように、できることはやっていきたいと思っています。
そのうち施設に入居してもらうことになると思いますが、どの場所でどんな形の介護をしていくにしても、主たる…というか唯一の介護者は私。後悔しないように、精一杯やったよねと自分に言えるように・・・。
