夢の役割│大切に使う夢、覚えていない夢

眠りから覚めたとき、そばにいる人に「こんな夢を見た」と話をすることってあると思います。
聞かされたほうは、「へえ…」「ふぅん…」と言うくらいしかないし、話した本人も、よほどの強烈な内容でない限りは、すぐに忘れてしまうものですが・・・。

人は大抵、眠っているあいだに見た夢のことを、覚えていないか、すぐに忘れます。
夢は「潜在意識からの手紙」だ、と言いますが、その「手紙」も、受け取って読み解いて対応すべき何かがある…ということは多くはなくて、
大体の場合は、何かの懸念でも心配事でも衝撃緩和でも、眠っている間に “処理” ができる・・・つまり、夢が夢としての役割をしっかり果たしてお終いにできているんでしょう。
だから程なく忘れてしまう、あるいは覚えていない・・・というのは、夢を使ってのストレス解消や問題解決がうまくいっている、ということで、「健康のしるし」なのだと思います。

振り返ると私も、生活・人生に嵐があって大変だった頃は、恐ろしい夢、悲しい夢、あるいは何かのアイデアや啓示のようなものを受け取る夢、というのをよく見て、目覚めるとすぐにノートに記録していましたっけ。

ひとつ、ある時期繰り返し見た夢があります。
子どもたちが10代の終わりから20代になった頃でしたが、私は子らの進路や将来について、あれこれ案じて疲れ果てていました、勝手に。

夢のなかで私は、子ども二人(娘も息子も十代後半のイメージ)を後部座席に座らせ、車を走らせている。酷い悪路だし、ありえない急斜面や崖を進まなければならず、苦心している。
・・・と、娘も息子も「もう降りようかな」「あとは一人で行けるから大丈夫」と言って、勝手にドアを開けて車を降り、それぞれがスタスタと歩いて行ってしまう・・・。えーー?こんな山の中なのにどうする気・・・!?
私も車を降りて二人を追うのですが見つけられません。
仕方なく一人で帰ろうと車に戻ってみると、なぜか車を止めたはずの場所にはバイクが止まっている。
私は、あぁ私は単身バイクで帰るんだ、子どもたちを車に乗せてどこかへ連れていく必要はもうないんだ、これからは私は一人で行くんだ・・・と納得する。・・・そんな夢でした。

このわざとらしいくらいに象徴的な夢を、私はある時期何度も見て、目覚める度に苦笑していました。
いま思えば明らかに、もう心配せずに子どもを見送るべき時期になっていたのに、私ときたら、あれこれあれこれ、ほんとにあれこれ、余計な世話を焼こうとし、自分自身の人生の進むべきステージに移ることを拒否し、自ら停滞期を作っていたのでした。
これなどほんとに「潜在意識からの手紙」だったなぁと思います。

そうやって参考にしたり受け入れる助けにしたり力に換えたり・・・そんな大きめ重めの夢もありましたが、もう何年も、そんな夢は見ていません。
覚えていないか、覚えていても我ながら呆れて笑ってしまうような しょうもない夢ばかりです。

何日か前に見た夢には、堺雅人さんが出てきました。
さいきん、『ツレがうつになりまして』をアマプラで見て、彼がNHKのエジプトのピラミッドを取材する番組を見て、映画『平場の月』を見に行って・・・、11月が「堺雅人月間」のようになってしまったせいだと思うのですが、なんとも厚かましい、恥ずかしい夢でした。