この人は幸せな家庭で育ったんだなぁ・・・
そう思わせる人がいます。
性格がよくて、教養もあって、心がオープンで、困っている人に親切、自分が持っているものを気前よく差し出すし、意地悪なことなんて全く考えたこととないんだろうなぁと思わせる人・・・。
でも・・・
そんな人なんだけどときどき、あまりにも想像力を欠いた、あまりにも楽天的な見解をケロリと言ってのけたりして、その無神経さに驚かされる・・・
ということがあります。
能力の低い人の報われない努力とか挫折とか、貧しい人の心細さとか侘しさとか、行き詰まってしまった人の苦悩とか絶望とか・・・、そういうものが分からない。
だから悪気なく、ただ純粋に、「そんなに落ち込むことないよ」とか「きっと次は大丈夫だよ」とか「誰にだってそういうことはあるんじゃない?」などと言う。
慰めてるつもり。励ましてるつもり。
つらい人に対してよくもまぁそんなことを・・・と思うけど、本人、本気でそう思ってる。
それはちょっと無神経だなぁと思えるコメントも、悪気なく善意で言っていたりするわけです。
すくすく育ったその人は、物事を楽観的にしか捉えられないんですね。
・・・脱力するばかりです。
そういう人って、やっぱりみんな、精神的には「若い」「幼い」んですよね。
年上でも、優秀でも、気立てがよくても、とにかく幼い。
いろいろと与えられ、たくさん持たされ、大事に守られすぎた中で大きくなると、やっぱりどうしても「無い!」や「欲しい!」を感じる機会は少ないから、「強く望んで追い求める体験」や「精一杯やったけど手が届かなかった体験」をしにくい。だから苦労や苦悩に縁がないまま大人になってしまう。人間理解も深まらない。
そういうことなんでしょうね・・・
「ちっとも分かってない善い人」って「ちっとも分かってない悪い人」より、ある意味厄介です。
「いい人だからなぁ」「よかれと思って言ってくれたんだもんなぁ」って思ったりしているうちに、心が傷ついていたり弱ってしまっていたりしますもんね。
そういう幼い人の言うことは、優しく受け流したり、なんだったら微笑んでありがとうって言っておけるといいですね。
自分は “年上” なのだと思って、「この人、経験不足で幼い人なんだなぁ」って。
そういう人と仕事などで一緒に過ごさなくちゃならないという人のお話を伺っていると、それはご苦労様、やれやれ・・・ですねって、一緒になって溜め息ついてしまいますが・・・
子どもの言うことに腹を立てたり傷ついたりすることはない、ということでいきましょう。
心穏やかに過ごせますように・・・☆
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