「最近、もしもあのとき別の道を選んでいたら・・・と、『選ばなかったほうの人生』のことを考えて辛くなってしまうことがある・・・」
そういうお話が、セッションの中で ときどきあります。
「選ばなかったほうの人生」のことを考える・・・
辛くなるかどうかはともかく、これは誰にでもあることかもしれません。
私も、思うことがあります。
たとえばドラマを見ていて、企業の中で自分と同世代の女性が重責を果たしながら溌剌と活躍している様子なんかを見たときに、
「私は 新卒で入った会社を “寿退社” してしまったけれど、辞めずに長く働き続けていたら、この人生ではほとんど使ってこなかった部分を発揮して、活躍してたかもしれない。面白かっただろうなぁ・・・」とか。
それから、今の時代、昔の恋人が 何かで著名だったりすると、ネットで近況を知れてしまう・・・ということがあるわけですが、
「私、この人と結婚してたら、どんな人生を送ってたんだろうか・・・。”上流” を体験できて楽しかったかもしれないな・・・」と思ってみたり・・・。
私の場合は、選んで歩いてきたこの人生に後悔や不満はないのですが、それでもチラッと「別の可能性」を想ったりすることはあります。
しかし・・・
ヒトって、選ばずに失ってしまった過去のことは、美化するものです。
捨ててしまった可能性に対して、脳は 少し “盛ってしまう” 。
これは覚えておいた方がいいと思いますね。
「あの会社を辞めなかったら今頃、良い仕事をして活躍していたんだろうな・・・」
「あの人と結婚していたら、もっと豊かで幸せな暮らしをしていたんだろうな・・・」
そんなふうに、「失ってしまったものの価値」というのは とかく高く大きく感じてしまう。
ネガティブな面は削ぎ落して記憶してしまう傾向が、脳にはあるんですね。
ほんとは「選ばなかったほうの未来」にも困難なことがあるはずだし、失敗していた可能性もあるはず。
何事にも、光と影の両方があるのに・・・。
「今」に納得がいっていなかったり幸せだと感じられていなかったりすると、
そして、年齢的に いろいろと選び直しやり直す時間は多くないことが身に染みるようになってくると、
「もし、あっちを選んでいたら今頃は・・・」と思ってしまうのは無理もないというところもあります。
もちろん、年齢なんか関係ない!人生の残り時間なんか関係ない!と思えて、動き出したいと思うなら、その意思は尊重して行動したらいい(選択し直したらいい)と思います。
でも、そうじゃなくて、モヤモヤ憂うつになるばかり・・・ということなら、「選ばなかった人生」のほうに思考を引っ張られてしまうことなく、やっぱり自分が選んだ道の “今とこれから” に、ちゃんと居たほうがいいですね。
過去や未来に自分の心を飛ばしてばかりいないで、”100%の自分” で「今・ここ」に居て活動するようにする。
「幸せ」って、実際に自分が居る「今・ここ」にしかないし、
「中年」なら、たぶんですけど、ここまで歩いてきた道を最後まで歩ききって、そのことによって得るものを「次の人生」に繋げたほうが、きっといいに違いない、そう思うからです。
