BLOG

社会に空いている「穴」 ~映画『ロストケア』

映画『ロストケア』。
慌ただしい今週でしたが、時間を作って観に行ってきました。

利用者(介護家族)たちにも同僚にも慕われる 優しい 介護士・斯波(演:松山ケンイチさん)が、じつは42人の被介護者を殺めていた・・・というお話です。
検事として対する大友役は長澤まさみさん。二人の対峙・対決のなかで露わになり光の当たるものは、とても重かったです。

二人のやりとりのなか、検事・大友が犯人・斯波に「あなたが殺した方たちの一人一人の人生の何があなたにわかるのか」「大切な家族の絆をあなたが断ち切ってよいわけがない!」と言うのに対して、斯波が「絆?なんですか?それ。」と反論するシーンがあります。
「家族」とか「絆」とかいう言葉が、どれだけ家族を苦しめているか、「安全地帯」で綺麗ごとを言っているだけのあなたには分からない、と斯波は言うのです。

42人もの人の命を殺めるという大罪を犯した斯波には極刑しかないわけですが、もちろんこの映画が描きたいのは大量殺人鬼のおぞましさではないし、それを断罪するところに意図はありません。
斯波がかつて心を込めてやっていた父親の介護生活や、斯波の本棚に並んでいた本のタイトルから、彼がどれだけ社会の「穴」の中でもがきながら、生きること、死ぬこと、「命」のことを考えて来た人物かが分かります。
社会には「穴」があって、それは公的な支援の届かないところだし、我々は自分ごととして体験するか注意して心を寄せない限り、そこからの弱々しい声は聞こえてこないのだ、ということを突き付けられます。

大量殺人の罪を犯した斯波と、担当検事である大友の対決シーンは圧巻でしたが、正義を語る大友は、ことごとく軽々と斯波に論破されてしまいます。それは、斯波が、家族のこと、命のことを “考え終わっていて” 迷いのない境地に達していたからでしょう。それに対して大友は、そんな斯波を前にすると、自分が向き合えていなかった闇の部分が大いに揺さぶられてしまう。
じつは大友は、母親と離婚したことで疎遠になっていたとはいえ父親からのメッセージを無視し孤独死させてしまっていたのですが、その罪悪感、苦しさを、見ずに蓋をしてきていました。それを(おそらく刑が確定した後の)斯波のところに面会に出向いてまで吐露することになります。
その告白を黙って聞いている斯波の、静かで穏やかなさま・・・。あれには打たれました。「サイコパスでもなければ優生思想の持ち主でもないけれど大量殺人を犯した人」「穴の中、穴の底で、自問自答を繰り返し、渾身で やりきった人」の佇まいだと思いました。松山ケンイチさん、改めて 力のある よい役者さんだな、と。

介護の世界の実情に思いを馳せ、社会の制度の限界や世の中の冷たくて息苦しい空気を思い、何より 人には「見えるものと見えないものがある、というより、見たいものと見たくないものがある(大友の言葉)」ものだということについて、考えさせられました。

ラスト、大友と斯波が向き合うシーンの、大友(人生が続いていく人)のひたむきな表情と、斯波(極刑で人生を終えることになる人)の 穏やかな涙の対比がよかったです。思い出すと瞼の裏ががくんとなります。

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP