「右から2列目、下から3つ目のホルダー」 ~彼らの認知地図~

大学を出て入った製薬会社での話です。
私は国際開発を行っている部署に配属されたのですが、上司がほぼ全員、天才科学者で奇人変人・・・みたいな部署でのセクレタリー業務が仕事だったために、とても苦労しました。

私の仕事のひとつは「上司の海外出張中の留守番」だったのですが、当時(昭和の終わり)は、今と違って社員はスマホどころかPCも持っていませんから、海外出張中の上司と連絡を取ろうと思ったら、宿泊先のホテルにテレックス(! 知らないかな…?)を打っておいて返信を乞うか 国際電話を掛ける(KDDに掛けて繋いでもらう)しかありませんでした。

上司が海外出張中のあるとき、どうしても急ぎで見つけなければならない書類があって、どうしよう困ったな、と思っていたら、たまたまその上司(書類の持ち主)から電話があって、保管場所を尋ねることができた・・・ということがありました。

でも、その上司の机の上は、書類の束が何列もに積み上げられており、下手に触ったら雪崩が起きそうな “書類の山脈” 状態になっていましたので、どうしたものか・・・と思いましたし、だいたい、そのゴチャゴチャに積まれた大量の書類の中から、当該書類が見つかるとは思えなかったのですが、ダメもとで訊いてみたところ・・・
なんとその上司は、状態を正確に憶えていたようで、いま目の前にその書類の山脈を見ながら話しているかのように、
「あぁ、それなら、右から2列目の山、下から3つ目のホルダーの中にあるよ。見てみて。」とスラスラと答え、実際、直ぐに発見されたのでした。

その上司に限らずその部署には、すごく優秀なんだけど変わった人、(会社員としては)困った人が多くて、とにかく物の管理が独特またはメチャクチャでした。

他部署の人たちの机の上は綺麗さっぱり片付いているのにうちの部署だけがカオス!・・・と申し訳なく思ったものでしたし、どうしてこんなぐちゃぐちゃな状態で「あれがない」「これがない」「困った」とはならないんだろう、と不思議に思っていましたが・・・

今は少し理解できるんですよね、あの上司たちの頭の中が。
きっと彼らは、部屋が散らかっていても、机の上に書類の山脈が連なっていても、その膨大な情報の中から必要なものだけを拾えるような地図を、頭の中に持っていたんでしょう、”認知地図” というやつです。
物理的には整理されていない空間でも、間違いなく彼らの頭の中は整理されていて、何も困っていなくて、
だから総務部から再三「机の上を片付けてから帰ってもらえませんか?」と注意されてもエレガントにかわし(無視して)、綺麗さっぱり片付いている幾つもの部署が並ぶ広いフロアで唯一の、”汚島” を貫いていたんでしょう。

うず高く積まれた書類の場所には、きっと彼らなりの住所があったこと、
ひとたび集中して何かを読んだり書いたりし始めると、彼らは周りの雑音は全く気になっていないようで、すごい集中力だったこと、
何冊も広げた書籍や文献は、どれもしっかり使いこなしているようだったこと・・・
そんなことを思い出しました。

なぜ思い出したかというと、我が家にも 同じ種族の人がいて(夫です。夫も同じ製薬会社で研究開発していた人です)、今日久しぶりに夫の部屋のドアを開けたとき、その散らかりっぷりを見て、今年も年末大掃除はしないのかな?しないよね、必要性を感じてないもんね・・・と思ったからです。

天才的な働きをするスペシャリストには、彼らにとっては “どうだったいい” “意味のない”  常識的な事柄を代わって処理する補佐役の人がついてるといいんでしょう。私はそう思って、夫がまるで興味のない “地球人としてのあれこれ” については担うことにしています。