母、「要介護3」の認定を受ける

認知症で 2018年に「要介護1」の認定を受けている母(89歳)が、この度「要介護3」になりました。
今回の認定調査では、ケアマネさんと「2」に上がりそうですね…と話していたのですが、一気に「3」とは…。

でも確かに、身体的にはさほど問題のない(月に数回お漏らしはする)母ですが、認知機能の方は、今年はあれよあれよというスピードでの衰えっぷりで、「母よ、それはいくらなんでもなかろう…?」ということを、次々に起こしていました。
調査の日も、正解できた質問は「生年月日」と「自分の名前」くらい。
自分の年齢も今日の日付も季節も×、「桜、バス、猫」の3つの言葉を覚えておいてくださいね、も もちろん×、”毎日独力でこなしていること” については10年前の話を持ち出して「やれている」と言い、作話も多く、辻褄の合わない言い訳を繰り返し・・・と、なかなかの様子に、脇で見ていた私は、あれ?思っていた以上に進んでいる?…と少々驚きました。

でも・・・、「要介護3」の認定を受けた母に対して、私はあまり優しくできていません。
不足のない生活サポートはできていると思いますが、とんちんかんな行動や 反抗的でふてぶてしい態度には、苛立ってイヤな言い方をしたり声を荒げてしまったりすることも多く、(相手は認知症の老人なんだよ?)とその度に自分を軽く戒めるのですが、なかなか大変です。肝臓悪くしそうだ…(肝臓は怒りを貯める臓器)。

母は私にとって、もともと愛着を持てなかった人、私にとっては “よいお母さん” ではなかった人、様々な心理療法を経てやっと回復してからも、ついぞ ”大切なお母さん” と思うことが叶わなかった人ですが、
年老いて弱ってきたというのに、そして認知症が進んでいるというのに、”人道的に問題のない” 程度の関わりしかできない・・・という状況には、我ながら苦々しさや葛藤や哀しみがあります。

私は長らく、自身の癒しを進めながら、いつか愛着を取り戻せるのかな…、まるっと赦して穏やかに優しくなれる日は来るかな・・・、そんな期待があったと思うのですが、接すれば接するほど、母という人の限界を思い知り失望することになって、いよいよ、あぁここまでなのだな、と実感したせいかな・・・と思います。

母の、困難が多く幸せではなかった(でも本人はそんなふうには思わなかったであろう)生い立ちについても、最近 京都まで会いに行って聞かせてもらった叔父の話 などから増やした情報によって理解を深め、同情、憐憫の情も抱いたし、よく頑張ったんだね…という純粋に労う気持ちも持ったことで、気持ちが緩んで楽になったのも事実です。
それでも、どうやってもこれ以上には、たぶん古い古い感情の燻りと、結局 “理解された” “大切にしてもらった” 感覚を得られなかったことの影響は、拭い切れなかったなぁと感じています。

自分の心の傷つきと怒りに気づいて狼狽え、カウンセリングやセラピーを受け始めた40代の頃と比べたら、母との関係は随分と新たなものへと変化したとは思いますし、自分が生きている限りは、まだ体験したことのない境地に辿り着く可能性もあると思っていますので、とりあえず、ここまでよく来たね、よくやってるよ、と自分に言ってやりたいですが・・・。

昨日から母は、ショートステイに行きました。
普段はデイサービスを利用している母ですが、さいきん、ケアマネさんの提案で、ショートステイも月に一度利用していて、今回は半月ほど預かってもらいます。
今朝、お迎えの車に乗った母は、ショルダーバッグを斜め掛けし、窓越しに私に「バイバイ」と手を振ったのですが、ちょっとウキウキしている様子を見たとき、(行くのを嫌がらなくてよかった)と思うと同時に、そのバイバイする母が、幼い子どものように見え、つい、天童荒太さん著『永遠の仔』の笙一郎の言葉「こんなになっちゃって…」が頭をよぎりました。

『永遠の仔』という小説。これはテレビドラマ化もされた作品です。
主人公の1人である弁護士の笙一郎(ドラマでは渡部篤郎さん演)は、かつて母親の育児放棄に遭っていました。父親は生まれた時から不在。
大人になって引き取った母親(50歳くらい)は、既に認知症が進行しており、息子である自分のこともわからない状態だったので病院へ入れるのですが、
自分のことを(息子なのに)”お父ちゃん” と呼び、ベッドで無邪気にすやすやと眠る母親を眺めながら、笙一郎がこんなことを言います。

「俺に、許してくれとも言わないうちに、こんなになっちゃって…。
悪い母親だった、ごめんよって、言ってくれよ。
よくやった、おまえはよくやったって、どうして褒めてくれないんだ?
ひどいよ・・・」

ここからどこまで母は認知症を悪化させるのか、私はそんな母に何を見て何を思うのか、わかりませんけれど、それも「用意された学び」なのだと思って受け止めたいと思っています。